新日本現代光画のおしらせ

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佐藤評論Vol.6の補足(モードダイヤルUIについてのアレコレ)

※本内容は、既刊佐藤評論Vol.6の中で触れた内容の補足である。本来であれば総集編等にて追記するつもりだったが、ご存じのようにコミケはいつ再開されるともわからず、従って当サークルの活動もそれに連動してほぼ休止状態にある。このため備忘録的にまとめておくものである。

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さて、佐藤評論Vol.6ではAF一眼レフの末期の操作系として、中級機以上のカメラは大型液晶や十字キーといった新たな部材を取り入れていったと書いたが、中級機以下のカメラにおいては概ね「左肩モードダイヤル+液晶+シングル電子ダイヤル」という、キヤノンEOSが先鞭を付けた操作性に集束していったと述べた。そしてこの操作性をベースに液晶と十字キーを統合したものが、そのまま次の世代──つまりデジタル一眼レフ──の操作系のベースにもなったのである。

と、ここで一つの疑問が生まれる。ある時期まではこのようなモードダイヤル主体の操作性はEOS独自のものであり、それに対抗する各社の操作系はある程度多様性(独自性)を見せていた。しかし、本文でも述べたように00年頃を境に急速に操作性が似たものに集束していったのである。一体これは何故なのだろうか?

また、もしこの操作性が優れているから各社がここに集束したということなのであれば、それを00年代まで妨げていたものはいったい何だったのだろうか。

と、そんな疑問が生まれても仕方が無いのだが、実のところVol.6執筆時点ではそこまで考えが及んでいなかった。

しかし、あるとき雑談で「何故フィルムのα-sweetはモードダイヤルを実装しながら、PASM相当位置を選択した後に更にもう一段電子ダイヤルで選択させるようになっているのか?」という話になった。考えてみれば、これはモードダイヤルにPASM位置があれば済む話なのにさらに一動作必要なわけだからいかにも面倒である。実際、間接的な後継機であるα-sweet digitalにおいてはPASMが独立して実装されたモードダイヤルとなっている。

そこでふと思い至ったのが、モードダイヤルがなんらかの特許に守られていたのではないかという点である。特許の保護期間は出願から20年なので、AF一眼レフ黎明期(概ね80年代)に出願された特許が00年代初頭に切れたことで各社が同じUIを採用したというのは十分にあり得ることだろう。

そして、その特許を保有していたのはキヤノンであろう──というわけで、簡単に特許データベースを調べてみたところ、かなりそれっぽい特許に行き当たることが出来た。

特開H03-202819がそれである。

この特許は、筆者が斜め読みした限りでは、下記によって成立している。

・高機能な部分と簡単機能の部分を特異位置によって分割する
・特異位置とは電源オフ等の動作とする

これはすなわち、第二世代以降のEOSの特徴である電源スイッチ兼モードダイヤルの特許ということになる。もっとも、電源オフ位置をダイヤルに設け、その切り替え方向によって機能を分配するという発想自体は初代EOSの時点でも見られる。

ただ、初代シリーズではボディに対して水平軸のダイヤルとしたために、各モードを視認して切り替えるには不便であったのは先に述べた通りである(佐藤評論6本文参照)。一方でこの特許の図ではボディに対して垂直な軸をもったいわゆる現代的モードダイヤルとなっており、まさしくこれがモードダイヤルにおける基本特許と呼んで良いだろう。

さて、この特許は微妙な点を含んでいる。「高機能ゾーンと簡単ゾーンを分ける」だけで間に電源スイッチを挟まなかったら、果たして侵害になるのだろうかという点である。申請を読む限りでは、間に特異位置を設けることが請求のキモになっているようなのだ。とはいえ、この内容で特許は成立してるのだし、各社共にわざわざ虎の尾を踏みに行くということもなかったのか、基本的には90年代のキヤノン以外の各社はモードダイヤル式のUIに進むことはなかった。

……が、この状況が変わったのが90年代末である。97年に旭光学及び富士写真光機(当時)からこの特許に対し異議申し立てが行われ、その結果この特許は部分的に取り消されることとなった(残念ながら、筆者には何故このタイミングで特許を崩しにいかなければならなかったのかまではわからない)。

裁定はざっくり言えば「モードダイヤルのゾーン分けは既知の為取消」「モードダイヤルに電源スイッチを設けることは特許として成立」いったものだった。つまり、先に述べたような電源スイッチを持たないモードダイヤルのゾーン分けは特許を侵害しないということになったのである。

もうお分かりだろう、おそらくこれが「90年代はキヤノンだけがモードダイヤルUIだったのに、00年代に入って各社共に急にモードダイヤルUIに変わった」理由である。

 

ところで、こうして理由があって使いたくても使えない技術というのは、その非採用の障壁となっている、言わば本当の理由が語られることはまずない。

各社がモードダイヤルのUIを採用しなかった理由も、あるいは採用した理由も、カタログや雑誌に掲載されるものに関してはそれっぽいコメントが付けられており、現に筆者も特許を調べるまでは各社なりの考えがあってやっているのだと思い込んでいたわけである(……実際に考えあってのことには違いないが、しかし特許が部分的に破られて以降、結局主要メーカーは全てこの方式に落ち着くこととなったのだから)。

ある時点までは頑なに他社の技術を腐していたメーカーが、あるとき突然手のひらを返したかのようにその技術を自社に取り入れて、急にその素晴らしさをアピールしだすこともあるが、ひょっとしたらそこにはこうした裏の事情が隠れているのかもしれない。

---ここまで---